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限られた人生をどう生きる?(後編)

2023年05月01日 09:00

皆、子供の頃、「大人になったらなりたい
もの」があったでしょう。

例えば野球選手になりたかったけど、なれ
なかった…よくある話です。

その人は別の分野でがんばれば良いだけの
話です。


なれなかったからといって彼らを見物する
だけの人生にはなりません。

誰かを応援するために生まれてきた人は
いないでしょう。

神様が線引きする訳がないです。

神様「お前もがんばれよ…
いや、お前ががんばれ!」



「よーし、俺も明日からがんばるぞー」
彼らを肴に酒を飲んで、夜が明けて…
「よーし、俺も明日からがんばるぞー」
彼らを肴に酒を飲んで、夜が明けて……


感動や勇気をもらったのなら自分も誰かに
感動や勇気を与えられるよう努力するのが
筋ではないでしょうか。

才能がある人から“もらう”前提で生きて
いるとしたら寂しいです。



生物ですから当たり前の話ですが、年を
重ねるごとに自分と同じ年齢で亡くなる
人が増加します。年々急角度になります。


身内や友人、知人が亡くなってしまう
つらい現実の中、残された(生かされた)
人間は限られた人生をどう生きるのか?

闘病、看護、介護、育児等大変な事情を
抱えていなくても、人の見物をしている
ヒマはなさそうです。


才能無く生まれてきても努力は平等です。

芸能(芸術)、スポーツ等以外の仕事なら
才能が無くてもできると思っています。

どんな仕事でもがんばれば、人を感動させ
られるはずです。



日本語がペラペラで、お金の勘定ができて
車の免許が取れているとしたら、それはもう
十分過ぎる程の才能でしょう。広義の天才
です。


時間が無限にあると思っていた子供の頃と
大人になった今は違います。


誰かを「推す」人生も良いです。楽しい
ですね。

しんどいですが、自分を「推す」努力を
してはどうでしょうか?


社会に求められているという実感を持つと
人間は幸福を感じるようです。

ぜひ自分を「推し活」してみましょう!


終わり。


「アンディ・ウォーホル・キョウト」にて1-3
「アンディ・ウォーホル・キョウト」にて1-3


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